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 本書『イワン・オソキンの不可思議なる人生』は、P ・D・ウスペンスキーが1905年に草稿を書き上げた処女作で、そのロシア語版は1915年に出版された。実話と虚構を交ぜてだが、基本的に彼自身をモデルにしている。

 青春小説・恋愛小説という体裁ながら、内容は深甚である。過去を修復しようとしても修復できない歯がゆさはあるが、それでも奮闘する意志を示した筋立てで、学校時代に始まる彼自身の過去を取り上げながらも、グルジェフとの出会いを含めた彼自身のそれからの人生を暗示する内容となっている。

 生の反復、すべては起こるがまま、機械仕掛けの人生、自分を変えることの不可能性、未来を知ることがはたして役に立つかという問題など、本書で扱われたテーマのいくつかは、グルジェフがウスペンスキーと論じたものとして、『奇跡を求めて』の最初の数章にも取り上げられている。

 ウスペンスキーがテレパシー的な能力を使ってまだ見ぬグルジェフから教えを受け取っていたのでなければ、グルジェフのほうが彼自身の初期の教えでの強調点をウスペンスキーに合わせたと考えられる。また、1915年には構想段階にあったグルジェフのバレエ劇『魔術師たちの闘争』は、主人公が男と女の間での問題の解決を魔術に求めるという筋書きの共通点と、かたやズィネイダかたやゼイナブというヒロインの名前の類似性から、本書と不思議に似通ったところがある。ウスペンスキーがグルジェフの存在を初めて意識するのは、1914年11月13日、このバレエ劇『魔術師たちの闘争』の予告記事を新聞上で見かけたときのことだった。翌年の4月、初めてグルジェフに会ったウスペンスキーは、その日の晩に『垣間見た真理』という短い物語を聞かされる。その物語の話者が描写するモスクワ郊外の隠れ家でのグルジェフとの対話の場面の舞台設定が、本書で描写される魔術師とオソキンとの対話の場面とそっくりである。

 本書はウスペンスキーの遺作でもある。1947年10月、ウスペンスキーが死んだのと同じ月のうちに、あらかじめ用意された遺言であったかのように、最後の二つの章を大幅に書き改めて内容を拡充した本書の英語版が出版されたからである。処女作にして遺作という本書の位置付けは、生の反復、過去と未来の交錯といった、本書のテーマと重なり合い、本書に込められたメッセージを特別に意味深なものとしている。

 日本語版の内容は、最後の二つの章を除いては、1947年版英語版に基づいている。この部分に関してはロシア語版との間に決定的な差はないが、目立った変更や大きく加筆された部分は、注釈によって書き改めの概略がわかるようにしている。大幅に書き改められた最後の二つの章については、1915年版ロシア語版の内容と1947年英語版の内容の両方を収録している。

 『ターシャム・オルガヌム』、『奇跡を求めて』をはじめとするウスペンスキーの他の著作の多くが、彼自身を離れて思想や知識を扱ったものであるのに対し、本書は、彼自身の人生のプライベートな部分を直接的に扱った例外的な一冊である。彼自身の意思によらずして死後に公表された『奇跡を求めて』については言うに及ばず、イマヌエル・カントとチャールズ・ヒントンから借用した思想を熱に浮かされたように展開する『ターシャム・オルガヌム』にも彼自身の影が薄いことを考えると、本書は真にウスペンスキーのものと言える最大の傑作、彼自身が彼自身との関係で残した唯一の作品として注目されるにふさわしい。

 彼の経歴に関する米国の出版社による虚偽の表示を原因として広まった人々の誤解から、ウスペンスキーは知の巨人としてもてはやされ、彼自身もそれに乗じたところがあるが、本書では、知ることの無力をひとつのテーマとし、頭の悪さを自分の最大の欠点として挙げている。教師としてのプライドでふくれあがったウスペンスキーの姿しか知らない多くの読者が驚くであろうこととして、本書では、思想と人生の間の乖離がない。じつにウスペンスキーは、「自己想起」と称するものを人に説きながらも、振り返るなら1905年以降、本書に描かれた行き詰まりからの出口を探すなか、神智学とオカルトへの傾倒、ハシーシを使った実験、奇跡を求めてのインド旅行といったことを経て、その目は決定的に外側へと向かい、それを内側に向かわせようとするグルジェフの働きかけは、彼のなかに最初の最初から不満と反発を積もらせるばかりだった。そして結局のところ、ふたたび本書に立ち戻るまで、自分自身にフォーカスを向ける姿勢を示したことがなかった。自分が在るということ、それが意味することへの思いの表明をもって本書は終わっている。

 本書の英語版でも直接的にグルジェフに言及した箇所はないが、大幅に書き改められた最後の部分でのオソキンと魔術師の間でのやりとりから、グルジェフの側からの誘いかけにもかかわらず物理的な次元では実現しなかったグルジェフとウスペンスキーの間での最後の会話の内容をうかがうことができる。

※巻末に本書で重要な鍵を握るスティーヴンソン『まだ来ぬ時の歌』の全訳を収めている

目次

第一章 別れ

第二章 三通の手紙

第三章 紺色のオーバーコートを着た男

第四章 ロマンスの終わり

第五章 魔術師の家で

第六章 朝

第七章 思い

第八章 過去

第九章 夢

第十章 中等学校生

第十一章 母

第十二章 月曜日

第十三章 現実と寓話

第十四章 居残り

第十五章 退屈のあまり

第十六章 ゼウス

第十七章 保健室で

第十八章 家で

第十九章 タネチカ

第二十章 叔父

第二十一章 悪魔の機械仕掛け

第二十二章 パリ

第二十三章 ズィネイダ

第二十四章 避けがたきこと

第二十五章 ある冬の日

第二十六章 運命の輪

T 第一の結末(一九一五年ロシア語版より)

第二十七章 狭間にて

第二十八章 結論

U 第二の結末(一九四七年英語版より)

第二十七章 狭間にて

第二十八章 結論

付録:『まだ来ぬ時の歌』(スティーヴンソン)

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